1987年 看護師として病棟勤務をしていた頃に
介護福祉士という国家資格が生まれた
試験を受ける人には就業証明を出すという
総師長の言葉に
「看護師が介護士の資格なんていらんやろ」とみんなが思った
それほど介護という仕事の理解がなかったのだ
それから介護福祉士の実習の受け入れがあった
食事や入浴、排泄や着替えなどの身体介護
生活援助や精神面のサポート
それまで看護助手と言われた
看護師の資格を取る前の学生の仕事内容だった
しかし、看護師を目指す人ではないのだ
何も知らなかった私は
看護師になれない人が介護福祉士になるのだと思っていた
それほど、新しくできた資格に対しての理解度が低かった
実際、その頃の看護師は医療従事者としての立場から
介護福祉士を下に見る人が多く
いわゆる雑用的なことを指示する人が殆どだった
経営者側からしても、給与の高い看護師には
看護師にしかできない仕事を割り振り
それ以外を介護福祉士やヘルパーに割り振った
要するに看護師の下で仕事をするという立場だ
しかし、介護を専門的に学習し国家資格を持った者で
基礎知識も介護技術も身につけている者
看護師とは違う立ち位置での専門職なのだ
そして誰よりも患者様の近くに居る人たちである
入院していた母の病院には
ケアワーカーが多く勤務されていた
その半数以上が日本以外の国籍の方だった
辿々しい日本語で患者様のお世話をされる
母は、彼らの賃金が日本人と同じに
設定されているのかを心配していた
しかし、日本人であっても
介護福祉士の賃金の安さと業務内容の過酷さから
離職率が平均より5、4%も多い
国家資格と位置付けられているのに
その賃金の低さには驚かされる
このままでは介護福祉士を目指す人が
居なくなってしまう
人は誰しも病気もするし、歳も重ねる
それまで普通にできたことが出来なくなって
人の手を必要とする時が来るのだ
その手を掴んでくれる
介護のプロが居なくならないように願っている